ドクロ・スカル記事

【ショートショート】髑髏と骸骨と夏

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

髑髏と骸骨と夏

とある夏とアイスに触発されて書いた2011年の話。
暇すぎて時間を持て余したら読むと良いと思う(笑)

本文↓

ほんの、軽い気持ちだった。

「髑髏は魂のー・・・・・・」

ほんの、軽い気持ちだったんだ。

春から夏に入りそうな、少し生温い日が続く午後。

番堂要(ばんどうかなめ)は自宅と高校の間くらいの児童公園で、
乗って揺らして遊ぶ小さな動物にまたがって、硬めのアイスキャンディーを頬張っていた。

17歳。
不良、と言うほど悪いわけでもなく、
優等生、と言うほど勉強ができるワケじゃない。
腕っ節が強いワケじゃない。
喧嘩を売られたら難癖付けて逃げるし、
まともに戦おうと思った事なんて、ない。

中途半端。

両親や教師、挙句の果てに友達にまで言われる始末。

ジブンが一番判っているのに、他人に言われると腹が立つのはなんなんだろうか。

「やーっぱ、サイダーよりコーラだよなー」

自分で買って来たアイスに自分で文句を言って、
乗り物から世界を横に見る。

『駄菓子ばっかり食べてないで、生活を見直したらどう?』

幼馴染み面をする同級生の顔が浮かぶ。

「うるせえ。好きなように生きて何が悪いんだー・・・・・・と」

ふと、真横になった世界に、
お世辞にも綺麗だとは言えない幼い女の子が割り込んで来た。

綺麗だとは言えない、というのは容姿の話ではなくて、
どうも其処彼処汚れているのだ。

「おまえ、はなくらいかんだらどうだ?」

「うん、でもティッシュ持ってないよ!」

「・・・・・・そうか。じゃあこれ貸してやるよ」

普段持ち歩かないハンカチをポケットから出し、
その子に手渡してやる。

ヂーーーーーーーーンっ。

勢い良く鼻をかんで、ついでに顔を拭いた女の子は、

笑顔で立っていた。

「・・・なんかようか?」

「んー、わかんらい。」

(・・・・・・大丈夫かこれ。(苦笑)

「嬢ちゃん、いくつ?」

「8さい!!」

にしては、どうも幼い感じが拭えない。
見た所、4歳くらいの喋り方だ。

「ホントか??」

「うん!ママがこのごろまいにちアナタはもう8さいなんだから、いいかげんにしてよ!っていうもん」

「・・・・・・そうか。」

知恵遅れ・・・とかそういうやつか。

「じゃあ、おにーちゃん帰るからよ、嬢ちゃんも早く帰るんだぜ?」

「うん!」

「これ、やるよ」

要は、食べかけのアイスキャンディーをその子に渡して、
そのままゲームセンターに繰り出して行った。

お決まりの日常。
友達のつまらない話。
やり場のない無力感。

なんて、ありきたりの思春期の文句のような事は思わない。

ただ、

何をして行けばいいのか、
何をしていると愉しいのか、
そんな事も判らない自分に嫌気がさしているだけだ。

下らないゲームと親から貰った金で2、3時間気分を害して、

家路についた。

いつもの公園を通ると、さっきまで要が乗っていた動物の上に、
あの女の子が居た。

「・・・??」

不思議そうに眺めていると、女の子は気がついたらしく、こちらを見て言った。

「あ、おいちゃん!」

口には、さっき渡したアイスの棒切れがくわえられていた。

「嬢ちゃん、何やってんだ?」

「・・・??ずっとここにいたよ?」

「家は?かあちゃんは?」

「ママはおしごと。かえってきてもなにもしてくれないから、いてもいなくてもいっしょだけど・・・」

「・・・なんだよ、それ」

「よくわかんない。でも、ちさがわるいからだ、ってママはいうよ。」

要は我ながら意外にも、その状況に嫌気がさした。

「オレが言ってやろうか?」

「ううん、いいよ。ママ、かなしそうなかおするから」

「そうか。嬢ちゃん、名前は?」

「もとみ ちさ!」

「ちさ、か。」

「うん。」

「オレは、番堂要だ。」

「うん、おいちゃん!!」

「おいちゃんじゃなくて、せめてお兄ちゃんにしろよ・・・」

そう言って要は笑った。
まぁ、こんな日もたまには悪くない、なんて思って、暮れかけた夕日を見た。

すると、ちさがじっと手元を見ている。

「どうした?」

「それ、知ってる!」

要が左手にしているシルバーのスカルリング。
中指と人差し指にそれぞれ一つずつ。

前に少しバイトをして居た時期に貯めた自分の金で買った、
少し歪な銀のリング。

「髑髏、知ってるのか」

要は、少し嬉しくなって笑った。

「がいこす!!がいこすでしょう!!」

「・・・まぁ、そうだな。」

「ちさ、がいこす、すきなの!」

「どうしてだ?」

「おとうさんが、むかーしいたおとうさんが、がいこす、つけてたの!おとうさん、すきだったの!」

「・・・・・・そ、か。」

とても嬉しそうにそれを話すちさを見て、要は少し切なくなった。
そして、自分でも思っても見ない事を言った。

「よし。じゃあ、今日の記念にこれをやるよ。」

「・・・きねん?」

「そう。わすれないように、ってことだ」

「がいこす!」

要は、中指から一つリングを外して、ちさに手渡した。

「そう、髑髏は、魂の象徴なんだ。誰にも折れない魂だ。テレビに出て来る海賊がいってる事は、嘘じゃない。」

「うん!」

「だから、大事にするんだぞ。」

「うん!」

要は、ちさの頭を撫でてやった。

「じゃあ、今日は帰れ。もうそろそろ危ない時間だから。」

「・・・でも・・・」

「ちゃんと帰らないと、それ、とりかえすぞ」

「・・・わかったー」

そうして、その日は少しだけ優しい気分になって、要は家に帰った。

次の日。

要は児童公園で、乗って揺らして遊ぶ小さな動物にまたがって、硬めのアイスキャンディーを頬張っていた。

「だーからって、なーにが変わるワケじゃないんだよなーぁ」

また世界を横にして、上から飛行機の音を聞いて、目を閉じる。

「うん、やっぱりコーラだよなー」

鼻先に、何か暖かい物を感じた。

訝しげに瞼を開くと、そこにはちさがいた。

「あはははは、おまえ、何やってんのよ」

要は思わず笑っていた。

「あはははは、おいちゃんは??」

昨日よりは少しこぎれいなちさが、不思議そうに尋ねた。

「オレは・・・そうだなぁ、小さな反抗期中。」

「はんこうき?」

「判らないだろうなぁ・・・・・・」

少し考えて、ある事を思いついた。

「なぁ、川に行くか。」

「いいよっ!」

思い立ったが吉日生活、とは良く言うが、
昨日あったばかりの小さい女の子と、学校をサボって川辺まで遊びに行く、なんて
ホントに何をやってんだ、と思いながらも、少しだけ楽しげな自分に気がついていた。

ちさの左手にも、髑髏の指輪が光っていた。

靴を脱いで、制服をまくって、注意を促しながら上流に向かって歩く。

「つめたいね!」

「そうなぁ・・・まぁ、いいっしょ。」

「うん!楽しい!!」

ゆっくり、ゆっくり。
時折転けそうになるちさを支えて、
急になったりなだらかになったりする水の流れの中を、
緑を横目に歩いて行く。

「なぁ、ちさ」

「うん。」

「ちさは、何をしてるときが楽しい?」

「いま!」

「あっははははははははははは!」

要は大声を出して笑った。

「今、意外で、だよ」

「うーん・・・あそんでるときでしょ、たべてるときでしょ、ねてるときはわからないけど・・・あさ、おひさまがあかるい、とか、よる、おつきさまがわらってる、とか」

「・・・すごいんだな、ちさは」

「うん、だれかがかなしそうなかおをしてないときは、たのしい!」

いつの間にか水面に夕日が映っていた。

「そろそろ帰るかー」

「えー!」

「冷えちゃうしな。ほら、上がるぞ」

「うん。」

そういと、少ししょんぼりした顔で渋々と川から上がった。

「なんか、食べたい物あるか」

「んーと、おいたんのつくったふんわりなパンケーキ!」

「オレは料理が出来ないから・・・そりゃ無理だな・・・」

「ええーーーー」

「しょうがないだろー?人間には無理な事だってある」

「・・・・・・ぶう」

仕方がないので、ファミリーレストランでパンケーキを頼んだが、
ちさはあまり嬉しそうではなかった。

次の日も、その次の日も、

要が世界を横に見ていると、それとなくちさがやってきて、

小さく楽しい時間が訪れるようになった。

パン屋に遊びに行ったり、

海を見に行ったり、

自転車に乗せたり、

音楽を聴いたり、

絵本を見たり、

歌を歌ったり・・・・・・

いつまで続くのかわからないその小さく楽しい時間は、

平日殆どの日、横になった世界から始まって行った。

とある金曜日。

要は、さすがに学校から呼び出しをくらい、

散々説教を受けて、いやな気分で歩いていた。

そういえば、今日はちさはどうしただろうか。

なんて、柄にもない事を考えながら、公園を通り過ぎようとした。

少し暗がりになっていた公園から、声が聞こえる。

「なんなんだよお前!さっさと寄越せよ!!」

「お前が持っててもしょうがないだろ!!」

「痛い目見ないと・・・・・・わかんねぇんだなぁ??」

バキッ。

嫌な音がした。

(たまにあるんだよ、こういうの。嫌だねぇ)

面倒くさい事には関わらない。
それが人生を上手く回すコツだ、なんて卑怯に聞こえるだろうけれど、
本当の話だ、と要は思う。

そう。

次の瞬間までは。

「がいこすは・・・・・・、がいこすは・・・・・・」

一つの小さな銀の指輪を、必死に高校生から守ろうとする、小さい女の子。
相手になっている四人の高校生も意地になっているらしく、手段を暴力に切り替え始めていた。

「さっさとよこせよっ!!」

ガスっ。
力の加減、と言うのを、頭に登った血が、忘れさせていたらしい。

「うべっ・・・」

力なく、女の子が咽せる。

「だって、がいこ・・・す・・・は・・・」

全身の毛が逆立った。
それ以外の表現は、何れもしっくり来ない。

「おまえらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「うわっ、何だコイツ!」

囲んでいる四人を振り払って、ちさの所に駆け寄った。

「ちさ、ちさ!!」

「あ・・・・・・おいちゃん・・・・・・」

「なにやってんだよ、こんなリング、早く渡しちまえばいいのに!」

「だって・・・ね、おいちゃん・・・」

「何だコイツ、きもちわるぅっ!!」

囲んでいる高校生達が、標的を要に変えた。
横になっているちさを抱き込みながら、要は涙が止まらなかった。

「おいちゃん・・・だって・・・・・・。がいこ・・・すは、ね?
 おいちゃん・・・の・・・たましい・・・の・・・しょうじょう・・・だかあ・・・・・・」

「きもっ!!」

ドガっ。
高校生の蹴りが、要の背中に入る。

「うざっ!!」

ドスっ。
持っていた棒切れで、思い切り首を叩く。

「あはははははははは、だせぇぇぇ、なにこいつぅぅぅ!!!チョーうけるんですけどー!!」

笑い声。
要は、今まででこれほど気持ちが悪い笑い声を聞いた事がなかった。

「ちさ、ごめんな、ちさ。オレが、くだらない事言ったばっかりに・・・」

ボロボロこぼれる涙は、ちっとも止まらなかった。

「ね・・・なかないで、おいたん・・・ね・・・かなしいかおしたら・・・ちさもかなしくなっちゃうから・・・ね・・・」

「ちさ・・・」

「おいたんは・・・わる・・・くないよ、おいたんは。ちさが・・・」

「悪くない!!!お前はなにも悪くない・・・!!!」

「うわ、急に叫び出したよ・・・・・・こわー!」

「ロリコン?ねぇロリコン??」

何かが切れた音がした。

「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

哭き声とも、怒号ともつかない声を上げながら、要は笑い声を上げているヤツの顔面を思い切り殴った。

「あああああああああああああああああああああああわああわああ!!!!!!」

棒切れを取り上げて、力一杯足を打ち抜いた。
髪の毛を掴んで、力一杯振り回した。

怒り。

今までに感じた事がないほどの。

意思。

今まで、貫こうとすらしなかった筈の。

勇気ではなく、無謀。

ただ、今はどれが正しいなんて考えられなかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

力一杯足を振り下ろす。
膝が本来曲がらない方向に。

バキャっ。

嫌な音がした。

それでも、声は止まず、身体は止まらなかった。

流石に四人相手では分が悪く、最終的には要が地面に延びていた。

「ちっくしょ・・・・・・」

左腕が、折れているのがわかる。
肋も何本か、折れている。
呼吸が苦しい。

其処彼処を擦りむいて、
頭から血が出て、口の中から鉄の味がする。

片方の目が開きづらい。

「おいたん・・・、ほら!」

ちさは、前歯が折れていた。
足を引き摺っている所を見ると、折れてはいなくても負傷してるらしい。

「ちさ、痛い所は??」

「ううん、だいじょううだよ、ほら!」

そう言って笑う、ちさの左手には、スカルリングが光っていた。

「がいこすは、おいたんのたましいのしょうちょうだから!」

「・・・ばかやろ・・・・・・」

要は、地面に伏して泣いた。

それから救急車を呼んで、ちさの母親も呼んだ。

要は、ベッドに横たわりながら、開口一番に言った。

「アンタ・・・もうちょっとちゃんとしろよ・・・アンタがそんなだから、ちさだって寂しくなっちまう。外でずっと遊んじまう。アンタがもっと暖かければ・・・」

「・・・はい・・・。」

「でも、すいませんでした。・・・今回の件は・・・オレが悪いんです」

「・・・いえ、そんな事・・・ちさから話は聞きました。今まであんなに必死に何かをワタシに訴えた事、なかった。おいたんは悪くない、おいたんは・・・って。でも、失礼ですよね、まだ高校生なのに」

「いえ・・・すいませんでした・・・ホントに・・・でも、アイツの・・・死んじゃったお父さんの分まで、ホントに、お母さんであるアナタが・・・・・・」

「???」

「ですから、アイツの死んだ父さんの・・・・・・」

「・・・主人は生きております・・・が・・・?」

要は頭を捻った。

「・・・・・・再婚かなにかですか??」

「いえ、主人は海外赴任で・・・・・・」

ぶっ

「あはははははははははははははははははは!!!!!!
 なんだ、生きてるんですね、ちさの大好きなお父さん!」

「・・・え、・・・ええ。」

「勘違いもいいとこだ・・・でも、よかった」

痛々しい瞼のはしから幸せそうに流れた涙を拭って、
要は満面の笑みだった。

ちさの母親は途中まで疑問だらけの顔だったが、次第に満面の笑みを浮かべた。

「おかあさん!」

「ちさ!まだ寝てなきゃダメでしょ!!」

「だって、おいたんが!」

ちさの怪我は幸い大した事はなく、足の打撲と前歯が少しかけただけで済んでいた。

「ほんとうに、ご迷惑をおかけしました。娘から聞いているかもしれませんが、ワタシも最近疲れてしまっていて・・・・・・」

「ああ、このごろ、って・・・そう言う事か。」

「じゃあ、今まで見たいに大切にしてあげて下さい」

「・・・はい」

「ママね、ちかごろやさしいの!」

「コラ!」

「あははははは、そうだよなー、素直が一番だよなー」

「うん!」

「それ、やるから。大切にしろよ?」

「うん!」

『どくろは、たましいのしょうちょうだから!』

ちさは目一杯笑った。

要も声を出して笑った。

10年後。

春から夏に入りそうな、少し生温い日が続く午後。

元海 千沙(もとみ ちさ)は自宅と高校の間くらいの児童公園で、
乗って揺らして遊ぶ小さな動物にまたがって、硬めのアイスキャンディーを頬張っていた。

「アタシは、サイダーの方が・・・好みだけどなぁ・・・」

自分で買って来たアイスに自分で文句を言って、
乗り物から世界を横に見る。

「オイ、嬢ちゃん」

「あ、おいちゃん」

見慣れた少し大きい影に、千沙は嬉しくなった。

「変わらねぇなぁ、ちょっとは女らしくしろよ」

「えー、久々に会ってそれ?暫く顔も見せなかったくせに」

「修行の道は険しいのよ。」

「ふーん。またまたそんな事言っちゃって・・・彼女さんとイチャイチャしてたんでしょー?」

「そんなキャラに見えるか、オレが」

そう言って影の主は笑った。

「今度は、写真撮ってきてって言ったじゃない?撮ってきてくれた??」

「・・・お前の方こそ、オレ直伝のパンケーキ、上手くなったのかよ?」

「絶賛修行中!」

「ホントかぁ????」

「ホントよ、この指輪にかけて」

「お前はそれ、言いたいだけだろ?」

「何言ってんの、髑髏は魂の象徴なんだから!」

短く切った髪を踊らせながら、

千沙は小走りで公園を抜けた。

また、夏が来る。

「きっと意味のない物語」-029   髑髏と骸骨と夏

-end

(original was 2011/08)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加